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2011.06.06 Monday

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2009.12.19 Saturday

シンクロ

今年の最後の燃えるゴミは、来週の木曜日(クリスマスイブ)。
でもその日は不在なので、その前の燃えるゴミの日である21日が個人的リミット。

その日までに、いろんなものを整理して捨てるものをゴミ袋にまとめなければならない。
派遣の契約が昨日で終わり、早くも仕事納めとなったということで、
20歳から書き溜めてきたノートの読み直しを再開。読んだら捨てるために。

今2冊目、21歳の自分と向き合ってみて。


三十路を目前とした今の自分と、なぜこんなにシンクロする??



悩んでることも、状況も、今まさに陥っているこの気分の谷間も、悉くダブる。
基本、一緒。なんにも変わってない。
二アリーサーティーの自分と、トウェンティワンの自分が。





いやあー・・・・気持ち悪いとか自己嫌悪とかもう通り越して、苦笑するしかないと思った。

実際、笑ってしまった。


本っとうにしょうもない。
21歳の頃、30歳になるころにはいろんなことを通り抜け、学び、理解し、結構なおとなになっているものだと何の疑いもなく思っているところにもまた。
そんな簡単じゃないんだよー人間が(というか私というこの人間が)成長するっていうのは!
と、自分に突っ込みを入れた。

残念ながら、本当にたいした進歩はなかった。
いや、そんな自分を「しょうもない」と受け入れられるくらいには、成長したともいえるが。



2009.12.18 Friday

閃いた

閃いたっていうほどのアレでもないんだが。

最近、家族とあんまりうまくいかない。
特に、妹としっくりしない。
お互いに譲らないし、この先もずっと平行線のままで、
たとえ今回のほとぼりが冷めたとしても、またすぐに同じことを繰り返す。
そしてお互いに大人になれない自分に自己嫌悪し、卑屈になったりして、結局優しくはなれない・・・
というダメループに嵌ることは目に見えてる。

三十路目前にして、思春期の姉妹げんかを未だにやってるわけなのだが。


もう、そんなことにぐだぐだしてる時間はもったいない!!!

とさっき気付いた。


直そうとか、根本的に改善しようとか、するのやめたらいいんだと。
だってそんなの不毛な努力だから。
お互いもういいトシで、人間が出来上がっていて、相手を変えることができないのと同じように、自分自身も変われない。
それならば、いっそ距離をおいて、他人同士として礼節をもって付き合う関係を構築しなおしたほうが早いし、表面的にずっと平穏だし、お互いの人生も前に進むんでは!
と、至極単純明快な結論に至った。

前から一人暮らし願望はずっとあったけど、
「今ここで家族と向き合うことから逃げたら、この先もうリカバリーするチャンスはない。そんなことしたら一生後悔するし、家族とさえまともなコミュニケーション取れないんじゃ、赤の他人となんて関係を築けない」
って自分を戒めて、打ち消してきた。
もちろん経済的な問題もあるし。

でも、
根本的にすっきりと関係を改善する可能性がまったくのゼロでないとして、そのいつかのために、これからもずっと長い時間、ギスギスした時間を過ごすのか?
それによって腹を立て、傷つけあいながら?
それが本当に、この家族にとって最善の策なのか?
腹を立て、傷つけあって、ロクな会話さえなくっても、それでも一緒の家に住むことが重要なのか???


・・・いやーそうじゃないでしょう。


離れて暮らし、お互いにコンディションのいいときにだけ会う。
どちらかの家で会うときは、どちらかはゲスト。
それだけで、まず、一番の火種となる「家事分担争い」が消える。
しかも、礼節を保てる。
そして、久々に会うということは、話題のストックがある。
互いの近況報告で、会話はもつ。
あまり関係のうまくいってない姉妹から、たまにあう従姉妹同士くらいの穏やかな関係になって、うまくすれば、離れて暮らす普通の姉妹、までいけると思う。


家族間の関係改善に、一番手っ取り早いのはもうこれしかない。


あとは、まあ、自分自身の人生にとっても、このタイミングで一度自分を追い込んでみるっていうのはありかと思う。
経済的にも生活上でも文字通りの自立、いつまでもフラフラできない状況をつくる。
それでもって、契約更新までの2年の間に結婚相手を見つける、とか。→親への理由としては一番説得力がある。

一石三鳥狙いで。
年明けは物件探しかなあ。


2010のテーマは、
心身の美と健康、自立、婚活。 

2009.12.05 Saturday

12月

あーカウントダウン。
三十路への。
2010年への。


前職の後輩女子の話。
今から2年くらい前、
仕事や会社に疲れて東京にも疲れて、実家のある北関東へ帰りたい気運が高まっていたころに、とある同郷出身在住の男子を紹介されて、「かならずこの人を落として寿退社する」と決意した。
そして1年間くらいの友達以上恋人未満期間を経て、
やっと付き合うまでになり、当然結婚前提でもあったのでそこからは怒涛の展開。
とうとう今年いっぱいで本当に寿退社。
年明け早々に入籍だって。

いやー。念じれば叶うんだ。
彼女を見ていて思った。
もちろん具体的な対象があってこそだけど、すごいと思った。


というわけで私も新たな地平をめざそう。



2009.11.29 Sunday

20歳のころ

30歳の誕生日までにいろいろと整理しようと思っている。

手始めに、20歳くらいから書き溜めていたノートを引っ張り出し、最後に一通り読んでから捨てようと思って、今日はそのノートを抱え、スタバへ。


いやー。
面白かった。
面白すぎて流し読みできなくて、スタバに1時間半くらい居て1冊も読みきれなかった。全部で6冊くらいあるのに。
根本的な考え方の構造が、この頃と今とでほとんど変わってないということに驚いた。
もう出来上がってんなーと思った。
今ではあまりまとまった時間を使って物思いに耽るということもないので、逆に要所要所で深く頷いてしまうほどに感心したり、共感したり。
とにかく、ぐるぐるといろんなことを考え真面目に書き残していたあの頃の自分が健気に思えて、ほほえましく感じた。
捨てようと思ってたのに、なんだか捨てがたくなってしまう。

そして、いろんなことを忘れてしまっているなと思った。

特に1冊目の頃は、ほぼ毎日丁寧に、その日あったことや思ったこと、見た夢の記録などあって、
「そんなことあったっけなー」と懐かしさに胸がざわざわしたりした。
出来事は忘れていても、そのときの気持ちの感じはリアルに思い出せる。同じような状況下で生じる気分の色みたいなものって、ずっと変わらないのかも。

特に劇的でもダイナミックでもなかったと思っていたあの頃、それはそれなりに、自分なりの日々だったのだ。

それを、ほかならぬ自分自身で卑下することはない。



「人と抱き合ったら泣くかもしれん」 と書いていた自分。

「気持ちが通じ合うっていうのは非常にあいまいで、信じられないものだけど、実体である体と体だったら、それは絶対だから。コミュニケーションは言葉と体。気持ちは別だと思う。思考と言葉はぴったり一致は不可能だから。だから苦しいんだよねー」 (原文ママ)

二十歳の自分に、深く深く共感を覚えた。







2009.11.18 Wednesday

減った。

つい先日まで苦しい停滞期で、苦し紛れにプチ断食などもやってみたりしていたのに、
気がつけば既に大台を切っている。

ここ数日の朝の体重は、49.5kg前後。
さっき風呂上りに測ったら、49.9kg。
夜に大台切ったのなんて、いったい何年ぶりだろか。

悪い病気でなければ、原因として考えられるのは、
残業続きにより、夜まともに食べてないっていうこと。会社で仕事の合間にソイジョイ的なものとかだけ。
帰ってきたら食欲より睡眠欲に抗えず、お風呂に入って寝る。という生活を1週間くらい送っていた。
一般的にはそんな生活、減って当たり前のようだけど、これまで私は例え食べなくても、痩せなかったのだ。
もしくは、一時的に減ってもそれが安定することはなかった。
悪い病気でなければ、根本的な原因として考えられるのは、・・・・年齢。

転職やら何やら、いろいろ思い通りにはいかないことばっかりだけど、
ダイエットだけはなんとか結果を出して、三十路を迎えられそうな雰囲気。

一縷の光明ですね。


あーでも、転職か結婚したい。




嘘。
2009.11.15 Sunday

Twitter所感

話題のTwitter。

自分の使い方はというと、20人弱のリアル友人・知人をフォローしてフォローされて、
著名人を含む数人の知らない人をフォロー、
フォローされて(フォローしてない人もいる)、
あとは面白そうなbotを数件。

感覚としてはブログやmixiの延長上にあるものだけど(実際の使い方も)、
ただ、140字という制限と、タイムラインという装置によって、目新しさがあるという程度。
WebやらITについてはまったく門外漢だけど、それでもタイムラインの発明は、革新的だったと思う。
これによって、手触り・距離感がブログとは全く異なるものになっている。
時間の同時性って、物理的な距離をグッと歪める力があると知った。
当たり前のことだけど、自分が見てないところ、知らないところで、いろんな人が動いて物を考えているんだということを認識するというか。
拡大しすぎた自意識を、ふっと引いて眺められる視点を得られるというか。

Twitterに対する感覚は、フォローしている数によって違うんだろうな。
そんなTwitter画面見たことないからわからないけど、
例えば1分間に何十ものツイートがあって、そうするとその見え方によって、
1分間という時間の感覚がものすごく膨張するのかもしれないと思う。
でもそうなったらもう全部のツイートを読むなんてことはしなくなるんだろうから、でも読みもしないものを表示させる意味ってあるのか?
とも思う。
世界をビジュアル的に見る?
でも世界=フォロワーの羅列じゃないだろう。
うーんよくわからない。


まあ、使い始めて2ヶ月くらいで思ったことはこれくらい。

拡大しすぎた自意識・自我を、タイムライン上の1ツイートとして他者と並列に見ることっていうのは、
割といい作用があるかも。




2009.11.13 Friday

考えすぎな傾向の件

会ってないときのほうが好きなような気がして、
実際に会ってみると「ないない」と思う。
それを繰り返し、「やっぱりないということで、一件落着」という結論を獲得。
ちょっとだけ残念でそれ以上に安堵・・・

そういう傾向があります。
縁遠くなるばかり。


もうすぐ三十路。



2009.11.01 Sunday

知らないところで

よく誰かが言ったり書いたりしているように、
「とても濃い一年間だった」
「いろんなことがありました」
「目まぐるしい日々だった」
等々という実感を持ったことがない。

まったく知らないアカの他人でも、そういうことを言ったり書いたりしていると、わけもなく焦ったりして。


どこかの国の「今日より良い明日はない」っていう格言の根拠となっているのは、
どんな明日も、確実に今日より死に近づいているっていう一点に尽きると思う。
関係ないけど。

2009.10.26 Monday

A good person

いい人になりたい。
いい感じの人になりたい。
と思い続けてきたけれど、諦めて方針を変えようか。

つまり、

「いい人らしく振舞えるようになりたい。」
「いい感じと思われるように装える人になりたい。」

というふうに。


本質的にはだめなんだなーきっともう。


どうしようもなくコドモで、未熟で、偏狭な人間。
天邪鬼とかいうレベルでもない。
ただ、ちっさい。


ウソが上手くなればいい。せめて。
しかしウソをつくのもどヘタクソときている。

でも、今から本質的にいい人をめざすよりも、演技力を磨く(=忍耐力を鍛える)ほうがまだ早い気がする。
そうやって「型」だけでも出来るようになれば、あと何十年か経てば、それが本質とどっちつかずになる、
という奇跡もありうるかもしれないし。
2009.10.18 Sunday

私の中のあなた

「私の中のあなた」監督:ニック・カサヴェテス


思っていたよりストレートな家族の物語だった。
この題材で、泣かされないわけがない。
何気ないシーンでグッときた。
時間とはかけがえのないもの。

と同時に、「病気」ファクターというものについて考えさせられる。
もしも身近な人が病気になったら、もしくは自分が。と想像させられる。
この場合は、子供が病気になったケース。
自分だったら、もっとも可能性が高いのは、両親が老いていくことか。介護とか、もう結構リアルな事柄。
もちろん自分が何かの病気になる可能性だって十分にあるが。
病気はいろんなものを変える。あらゆるものを巻き込み、一変させる。
その強烈な影響力について考えさせられた。
それにしても、
10代の女の子が、苦しい病の果てにあそこまでの心の境地に至れるものなのか。
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